信州の自然に暮らすログライフ



 アウトドア大好きな一家がログハウスを建てる夢を見た。夢だけで終わらせず、首都圏を脱出していきなり移住するという形で実行に移した。富士山が見える土地に移住した一家のログハウス建築物語

夢のログハウスを目指して 富士宮へ移住

 アウトドア、特にキャンプが大好きな大村さん一家がログハウス建築を決意したのは、2 000年のことだった。ログハウスには長年憧れていたが、現在住んでいる横浜はもちろん、首都圏では土地の価格の問題で実現が難しい。そこでログハウスを新たな土地で建てることにした。
 ここで普通は土地探しから始めるところなのだが、大村さん一家のユニークなところは、ログハウスを建てる前に静岡へ移住してしまったことである。幸い、2人いるお子さんがまだ就学年齢に達していなかったこともあり、2001年、静岡県富士市のとあるアパートに引っ越しすることとなった。大村さんはそれまで東京で働いていたが、その仕事も辞めてしまい、新たに清水市(現在は合併して静岡市)で就職することになる。なんとも思い切った行動である。

メーカー選びで東奔西走

 ログハウス建築を決意してから、大村さんはログメーカーの展示場を何カ所も見学に行くことになった。横浜や千葉など近場の展示場はもちろん、遠く山中湖や駒ヶ根まで足を伸ばしたという。どこも親切な対応で、建築の模様を写したビデオを郵送してくれたり、土地の情報をFAXしてくれたりと、至れり尽くせりだったとのこと。
 結局、ホンカマヤットのログハウスが気に入り、メーカーを紹介してくれた施工会社BL-WOODに建築を依頼することになった。ホンカマヤットはフィンランド・オウル市にあるメーカーで、40年以上の建築実績を持つ。製品の90%は輸出向けに生産されており、日本をはじめとしてフランスやドイツ、スペインなど約20ヶ国に輸出している。またBL-WOODは静岡県東部と中部で施工を行っている会社で、ログハウスを多数建築した実績のある会社だ。

2002年8月 いよいよログハウスが完成、そして引っ越し

  8月に入り、完成に向けてラストスパート。ロフトの天井には化粧板が張られ、部屋を仕切る壁も順々にできていった。8月末には風呂も完成し、長い間組まれていた足場も撤去される。
  9月17日、照明関係の作業が終了し、ログハウスは引き渡しを待つばかりとなった。 9月17日、子どもが学校と幼稚園に行っている間に引っ越しを行う。大阪から大村さんの母もかけつけ、引っ越しは順調に進む。午後1時には1年5ヶ月の間暮らした思い出のアパートとお別れすることになった。

 
左:1階全景。奥の方は広い吹き抜けになっているので、写真で見るよりもさらにゆっ たりとしている。
右:ユニークなデザインの塀。赤い瓦の屋根とともに、大村邸の象徴となっている。

 
左:富士山を眺めながら畑仕事ができる家庭菜園。広さもたっぷりある。
右:たくさんの砂利を敷き、予想以上の仕上がりになったアプローチ。

トールペイント

  
木のナチュラル感を生かした素敵なトールペインティングは、すべて奥様の作品。

  
左:トイレの壁もログ。ついつい長時間座ってしまいそうな、くつろげる空間かも。
中:玄関の様子。取っ手が見える所が下駄箱だが、ぱっと見た限りでは壁にしか見えないところがポイント。
右:2階のホール。正面のドアからデッキに出られる。右側に収納がある。

 
子ども達の部屋の様子。ピアノを弾いているのは長女の美月(みつき)ちゃん

オーナーズ・プロフィール

ダミー画像

家族構成は、ご主人の淳一さん、奥様の知子さん、長男の颯(はやて)君、長女の美月(みつき)ちゃんの4人。一家そろってのキャンプ好きで、静岡に移住した現在では、県内のキャンプ場へ頻繁に出かけている。

なお、ログハウス建築の一部始終から現在の生活までを記録した ウェブサイト「富士山ログハウス物語」のアドレスは、 http://loghousestory.hp.infoseek.co.jp/

ログハウスに住むVOL.6より転載

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